GODISNOWHERE―どこで区切るかでまったく意味が変わる教会の看板

日本語でも「ぎなた読み」といって、どこで区切るかで意味が変わる文章ってありますよね? ここではきものをぬいでください(履物/着物)、くるまでまとう(来るまで/車で)など…。
こちらの教会で出されていた看板の文章では、区切り方(英語ではスペースですね)を変えるだけで正反対の意味になるため、話題になっています。
This church sign has two very different meanings depending on where the space is from mildlyinteresting

この教会の看板は、どこで区切るかで全く意味の異なる2つの文章になる

教会らしい文章をまず先に考えると「GOD IS NOW HERE」(神は今ここにいらっしゃる)と区切れば、なんともありがたーい感じです。
しかし「GOD IS NOWHERE」(神はどこにもいない)と区切ってしまうことも、文法としては正しい文章になるのです。

海外の反応

◆god i snow hereで、ここに雪を降らせるって意味にもできる

↑確かに、雪が降ってるな ―― 投稿者

↑まったく意味の異なる2つの文章しかないって言われて素直に信じると思ったかい?

↑自分も10回くらい読み返すまで、そうとしか読めなかったよ。

↑興味深いことに、看板の周りだけ他のところに比べて雪が少なく見えるね。


◆スウェーデン風に読むならGodis now here(キャンディーが今ここにある)になるよ。

↑みんな、サルミアッキをどうぞ!


◆正直言って、神はいないって意味以外を読み取れなくて、何度も見る必要があったよ。

◆無神論者や不信心者を教会に来させる、賢いマーケティング・キャンペーンだね。

↑実際、人々にこうやって語らせるために行われた企画、教会で行われる教えみたいなものだったとしても驚かないね。

↑自分のところの教会では、「イエスのファンじゃなくて、フォロワー(信奉者)になろう」っていう教えをやったことがあるよ。街中に「イエスのファンじゃない」って感じの広告を出したんだ。見慣れぬ人が沢山教会に来たよ、あの広告を見てきましたって言ってね。

↑え、どういうこと?

↑「○○のファンではない」って言ったら「○○は嫌いだ」って遠回しに言っているようなものだからね。教会が「ファンじゃない(自分たちは信奉者だから)」としたのに対して、読んだ人はみんなこれはとても変わった教会なんだろうと思ったんだ。多分人文主義とかかな。それでイエスを好まないような違ったなにかを期待して押し寄せたんだね。

↑「ハニー、帰ろう。詐欺にあったみたいだ。」


◆意図的にこうしたとみて間違いないよ。

↑そうだよ。うちの教会が、まさしくこれと同じ話の教えをしたことがある。絶対意図的なものだね。


◆うまいやり方だ。思わず二度見してしまうし、考えさせられる。読んだ人それぞれの価値観に従ったものが読み取れる文章だ。

◆こいつは確証バイアス(※自分にとって都合のいい情報だけを得ようとすること)のすごく良い見本じゃないか

◆自分は「神はどこにもいない」って読んだけど、元々仏教徒だから「神は無である」って意味にとったよ。

◆区切るためのスペースはみんなの心のなかにあるんだ。それで神様がそのスペースを埋めてくださるんだよ。


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